某章 「暖かな前日」
 日差しの暖かな昼下がり。
 御山の屋敷でも最も日当たりのいい縁側に、蒼梧と緑翠は座っていた。
「俺ってさ」
 沈黙を破り、緑翠が口を開く。
 相手は自身愛用の楊杖の手入れに余念が無い。
「……カッコイイ?」
 蒼梧の手が止まり、横目で緑翠を眺める。
 じろりと、眺める。
 ぎろりと、眺めた。
「は?」
 あまりにも唐突な言葉に、出た言葉は一文字。
 それ以上は何も言わず、小首を傾げてもとの作業へ戻る。
「ねえ、カッコイイ? 俺」
 能も無く再び同じ単語を発射する緑翠に、もう蒼梧は振り向かない。
「何を言い出すかと思えば……」
 無意識に呟いた言葉は緑翠の耳にしっかりと入ってしまった様子。
「何とは何だー!?」
 突然立ち上がり背後から抱きつき、蒼梧の首に腕を絡ませる。
 そして。
 笑顔で。
 とても笑顔で。
 緑翠はこう言った。
「相棒の問い掛けに反応しない奴は、このまま……きゅっ!」
 首に絡ませた腕に少しだけ力を込め、さらに密着する。
「…………」
 一連の緑翠の行動に驚きの表情一つ見せなかった蒼梧が動いた。
 まず手に持っていた楊杖を床に置き、自身の首に絡みついた細い両腕を片手で握る。
 空いたもう一方の手を前から逆の肩の後ろへ回し、緑翠の肩の衣服をしっかり掴んだ。
 そして。
 斜め前方へ転がるように体重を移動させると、緑翠の体が宙に浮く。
 緑翠の受身を取る音が響いたのはすぐの事だった。
「明日は俺たちでの初仕事だぞ。少し大人しくして、明日の事を考えていろ。……それと」
 言いかけ、縁側に大の字になって転がっている緑翠の横に置いてある楊杖を拾い上げて再び作業に戻る。
「……カッコイイのなら、今の技にもかかってないんじゃないのか?」
 目を合わせずに呟く。
 下からの目線で蒼梧の作業をしばらく観察し、寝転んだまま小さく頷く。
「そうかもしれない」
 緑翠は縁側に転がって、あは、と笑った。
―了―