蛍火




 二人の少年が川べりに座っていた。

 青々とした草花の間を、縫うようにして流れてくる小川は、涼しげな音をたて、月明かりを反射して、きらきらと光っている。

 少年は、柔らかい草の上に並んで腰掛け、地平線の彼方まで伸びる夜空と、その中ほどを横切り、同じく地平線に吸い込まれている天の川を、眺望していた。

 その先に浮かぶ星は遠すぎて、届かない。

 だが、まるで図ったかのように、伸ばしたその手の先を、小さな光が掠めた。

 まるで、流れ星のように、一瞬輝いて、消えてしまったのだが、見覚えのあるその光は、見落とすはずかなかった。

「あ・・・」

 少年が、小さく呟いた。

 小さな小さな光の粒は頼りなく、それでいて幻想的に舞い、せせらぎの中に生える菖蒲(しょうぶ)の葉にふわり、と降りた。

「蛍だな」

 今まで、口を噤んでいたほうの少年が、ポツリと呟いた。

 手を伸ばしていたほうの少年も、嬉しそうに大きく、頷いた。

 もう一人の青年は、体を支えていた手を、頭の後ろに回し、そのまま仰向けに倒れこんだ。

 少年が倒れこむと、今までどこかに隠れていたのだろうか、草の間からいっせいに蛍が飛び出し、ふわふわと飛び交いながら、少年の上で、一つの場所に集まった。

 小さな、蛍の塊はしばらく少年の胸の上で、漂っていたが、やがて散り散りになって、それぞれの、気の赴く方向に飛んでいった。

 その様は、まるで魂が還って行くように見えて、無性に少年の胸の奥がざわついた。

 彼はいつも、人をからかうようなことばかり言って、喧嘩っ早くて、凄く強い。年の近い兄のように思っていたのに、その横顔は妙に静かで、大人びていた。

 その閉じられた目蓋が、二度と開かなくなってしまうのではないか、いつもの彼に似つかわしくない、その穏やかな表情が、二度と動かなくなってしまうのではないかと、不安が少年を苛んだ。

 少年は、己の中に湧いたその不安を抑えておくことが出来ず、そのまま寝入ってしまおうとしている、少年の服の袖を引っ張った。

「ケイ、ねぇ、ケイ」

 ケイと呼ばれた少年は、面倒臭そうではあったが、自分を呼んだ少年の、今にも泣き出しそうな、不安げな表情を見て、身を起こした。

「どうした? 何かいたか?」

 ケイの問いに、少年は首をふる。

 身を起こした彼の、気だるそうな表情は、いつものケイだった。

 恐いけど面倒見が良くて優しい、兄≠フように少年が慕っているケイの姿がそこにあった。

「? へんな奴だな」

 首を傾げたあと、ケイは再び横になった。

 今度は、蛍は舞い上がらなかった。

 少年は、怯えていたことを、笑われるのがいやで、不安を口にする事ができず、そのまま俯いた。

「そういえば・・・」

 ケイは、口を開いた。

 本格的に活動を始める時間に至ったのだろう。辺りはいつの間にか、水辺を飛び交う蛍でいっぱいになっていた。

 少年は、顔をあげてケイの顔をのぞきこむ。

 先刻の少年のように、ケイが天に手を伸ばすと、その指先に蛍が止まった。

 まるで魔法のように。

 彼の指に吸い寄せられるように。

 蛍が、彼の指先に一匹、舞い降りた。

 先ほどの不安も忘れて、少年はその光景に見とれた。

「凄いね! ケイ、蛍と友達なの?」

 その声に驚いたのか、蛍は飛び立ってしまったが、また別の蛍が彼の指に止まった。

「いや、友達って・・・。それより俺の話し聞けよ」

 大人びた調子で諌(いさ)められて、少年はしょんぼりと肩を落とした。

「でも、ケイ凄いよ。さっきも蛍、ケイの周りで、きらきらしてた」

 ケイは、自らの周りで飛び交う蛍を見て、目を輝かせる少年をみて、自らも笑みを零した。

「蛍はな、死者の魂なんだってよ」

 先ほど、ケイの体から立ち上るように飛び立った蛍が、魂のように見えた。

 その心を見透かされたようで、少年は驚いて目を見開いたが、ケイの瞳は、天を流れる星の河に注がれていて、少年の驚きには気付かなかった。

「だから、お父さんとお母さん、ここにいるのかも知れない」

 ポツリと呟かれたケイの、言葉には普段は見せない悲しみが浮かんでいた。



 ――――胸が痛んだ。



 早くに親を無くして、一人で生きてきた彼は、寂しさを紛らわすために、ここに来ていたのだろうか。

 死者の魂に、父と母の魂に触れられるかもしれないから、この場所に蛍を探しに来ていたのだろうか。

「ケイ」

 ケイに比べれば、ずっと恵まれた環境にいることが、幼いながらも分かっている少年は、口を閉ざした。

 幸せな場所に居る少年が、何を言っても、それは上に居る人間が、下に居る人間を見下していう、哀れみにしかならない。

 無意識の内にだが、少年はその事を分かっていた。

 どんなに強がって、反抗していてもその言葉が、ケイを傷つけているということも、ずっと一緒に居た少年には分かっていた。

 なんと慰めたらいいのか分からず、彼の同じ様に、視線を天に向けた。

「大切な人が死んじゃったら、お前もここに来ればいいよ。夏なれば、蛍が来てくれる。みんな帰ってきてくれる」

「うん・・・。絶対、絶対くるね」

 少年は、ケイがいつもどおりはなしかけてくれたことが嬉しくて。

 少年は、ケイが大切な場所を自分に教えてくれたことが嬉しくて。

 無邪気に、にこりと微笑んだ。

 蛍は、二人の気持ちなど、全く知らずただふわふわと飛んでいる。

 まるで、自らが生きた記憶を、光の筋として、その場に刻もうとしているかのように。

 ただ真に、短い命を、精一杯生きようとして。

 その光は、儚い命の、一瞬の煌き。

 彼方の約束を証明する、一瞬の瞬き。





―了―










望月 鏡翠様にまたもや頂いてしまいました……!
本当に、私めが頂いてもよろしいのでしょうか……っ!?
と、言ってもちゃっかり頂いてしまっている私ではございますが……(汗)。
本来ならば私めが感謝の気持ちを形に表すべきなのですが、望月様のお優しいお言葉に甘えて早速このような形に。
本当に有り難うございますっ!!

それにしても、本当に綺麗で繊細な描写です……(惚)。
私にはそんな純朴な描写はできません……。
私が描写したらどこか裏のあるどろどろした感じになっているでしょう。
望月様の短編は読後感が……

「っはー……(悦)」

……となります。
……うーむ。
うまく表現できません(モノカキとして最低)が、とにかく良いのです!

こんなに素敵な短編、有り難うございました♪
私もこんな綺麗な物語を書けるようにがんばりますーっ!!




 




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