一章 「静かなる覚醒」 肆
 ばすっ。
「痛っ」
 転んで床に思い切り顔を打ち付けた緑翠は痛む自分の鼻をさすって起き上がった。
 目を開けて周りの様子を確認するが、何も見えない。
「暗いなー……」
 誰ともなく、呟く。
 その場に座り込み、今自分が置かれた状況を考えてみる。
「確か……蒼梧と二人で怪がいる部屋に来て……」
 自分で触っていた扉が勝手に開き、部屋の中へ……
「…………」
 その先の記憶がない事に気付く。
 眉間に皴を寄せてみても、頭を掻いてみても、答えは出てこない。
「と、言う事は」
 再び暗闇の中にいる自分を認識する。
「ここは」
 何も見えない暗闇。
 扉が開いて頭から飛び込んだ部屋も暗闇だった。
「怪がいる部屋、だよね?」
 緑翠の自答に答えるかのようにして周囲に感じたことのない気配が現れた。
――……キ……タ……。
 部屋全体が震える。
――キ、タ……。キタ……ゾ。
 部屋が震えると同時に声が響く。
 座り込んでいた緑翠も立ち上がり、周りの気配を読む。
 ふと、隣にいつもいる気配がない事に気付いた。
「蒼梧、は?」
 周りの暗闇は何も答えない。
 視角が頼りにならない事は頭では分かっているが、回りを見渡す。
 暗闇の中の更なる暗闇。
 緑翠の優れた感覚だからこそ分かる、気配。
「違う」
 蒼梧では、無い。
 もっと、他の……
――ヌシ、ガ……キテイル……。ア……ノ……ヌ、シ。
 部屋全体が震え、緑翠の思考が遮断された。
「ぬし? 主?」
 独り言のように聞き返すが、勿論返事はない。
――ニテ、イル。
「?」
 ぽつりぽつりと振動に合わせて響く声に首を傾げた。
 意識が声の主に向けられ、その気配に向けていた警戒を一瞬解いた。
 その瞬間、自分に一直線に向かってくるまた違う気配を認識するのに時間が掛かってしまった。
 暗闇の中、緑翠は向かってくる気配を振り返った。