ようこそ、大空観光へ



 どこまでも突き抜ける蒼穹。

 そこにアクセントを加えるのは点在する白い雲。

 雲を照らす太陽も下り坂に差し掛かった頃、一台のゴンドラが滑空していった。



「本日は我が大空観光をご利用頂き、誠にありがとうございました。当ゴンドラはもう間もなく地上へ到着致します。皆さんどうぞお席におつきください」

 開け放たれた窓から体全体で風を感じ、乗客に声を飛ばしたのはこのツアーの添乗員。

 年の頃はまだ若く十代半ば頃。短く切った髪に大きな目。見るからに活発そうな少女だった。

 添乗員の声に乗客は反応し、各々の席に着き始める。

 その様子を見、全員が席に着いたことを確認すると、また口を開く。

「……本日の一日大空ツアーもこれで終了となります。今回旅のお供をさせて頂いた私、ハヤブサはまたいずれ、皆様の旅のお供となります事を心から祈っております」

 ハヤブサと名乗った添乗員は笑顔で礼をする。

 それに反応するかのように乗客からはまばらな拍手が舞い降りた。

 拍手にもう一度礼をし、添乗員専用の壇上から降りる。そして、そのまま一番前の席に座った。

「……はぁ」

 乗客の誰にも悟られることなくため息をひとつ。

「終わった……」

 小さく呟くと目の前の運転士を見た。

 ハヤブサの目の前にいるのは人間ではない。

 鳥系亜人と呼ばれる種族で、見た目は人間ほどの大きさの鳥類である。通常の鳥類と圧倒的に異なる点は体長だけではなく、彼らは人の言葉も巧みに操り、通常の鳥類よりも遥かに優位な体格で二足歩行も可能という点。体格も鳥類のそれとは少し異なり、多少人間に偏り気味だ。

 勿論、飛ぶこともできる。主に人間で言う腕の位置に生えている羽で飛ぶのだが、それを羽ばたかせて飛ぶのではなく人間が持ち得ない不思議な力で浮かぶことができるという。

「何だ、まだ仕事は終わっていないクェ。仕事するクェ」

 鳥系亜人独特の口調でサングラス越しに喝を入れられ、更にハヤブサのため息は深いものとなっていく。目の前にぶら下がっている乗客のカラオケのマイクコードをいじりながら、乗客を一度振り返った。

 一日の旅の疲れもあってか、中には眠りに落ちる者、友人と楽しく談笑する者、窓の外の空の景色を楽しむ者等様々だ。

 地上で良く見かける、バスのタイヤが無いような形をしたゴンドラと呼ばれる乗り物は、人間には持ち得ない鳥系亜人の不思議な力でもって浮遊している。そしてそのゴンドラは鳥人達が住まう空の街へと行くことができる。

 空の街へゴンドラで観光するツアーは専売特許としてハヤブサ達、鳥人―― 人の姿をしていて羽のみが背中に生えている種族―― や鳥系亜人を中心として結成されている「大空観光社」が全て担っている。

 そして今、人間達の間では地上観光よりも大空観光ツアーが人気を博しており、現在ハヤブサが添乗員を務めるこのツアーも例外ではない。

「……今日もこれで仕事終わり。疲れた……」

 乗客に悟られることなく呟いた一言はどうやら目の前の運転士の耳には届いていたようで、肩越しに鋭い視線を浴びせられた。

「……そんなに仕事がしたいのなら、社に帰ってのんびり残業でもして報告書を書いけばいいクェ? ほら、もうすぐ停留所クェ。準備クェ」

 皮肉たっぷりに言われ、思わず押し黙る。

「ちぇ。相変わらず亜人さんは可愛い口調で冷たいねぇ」

 舌打ちを残し、席を離れる。

 地上はもう眼前に迫り、乗客の降りる停留所も目視できるほど近くなった。

 外の景色を確認し、添乗員専用の壇上に上って乗客を見回す。

「……さて皆様、当ゴンドラはまもなく指定停留所へと到着致します。皆様どうぞお忘れ物の無いよう、今一度お手荷物をご確認下さいませ」

 マイクを握り、先程とは打って変わっての満面の笑顔で大きく声を張り上げた。





   *   *   *





「……もう、そろそろですかね」

 常に携帯している磨き布で愛用の眼鏡を磨きながら顔を上げる。

 布を胸のポケットにしまい、眼鏡を装着。

 眼鏡を掛けたことで明るくなった視界の中には、今まで背を預けていた大きな窓があり、大きな蒼天を切り取っていた。遠くの空にはもう太陽は飲み込まれかけていて、その向こうから一台のゴンドラがこちらに向かってくるのが分かる。

 そのゴンドラは本日の最終ツアー客を降ろし終え、我が巣に帰ろうとしている。

 ゴンドラの胴体部には目立つように、しかし落ち着いた色合いで大きく「大空観光社」の文字が。

 そのゴンドラを見て、「彼」は小さく笑った。









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