ようこそ、大空観光へ



 大空観光社社員宿舎の広場。

 ここでは毎日朝礼の代わりにラジオ体操が行われる。

「……おはよ」

「おはようございます」

 社員であるハヤブサとタカも出席し、同じ仕事をしているもの同士互いに近くで行う。

 朝はすこぶる機嫌が悪いハヤブサだが、体の筋肉をほぐしている内に、機嫌もほぐれていった。

 軽快なリズムが段々とゆっくりとなり、最後には音量が絞られ、静かにラジオ体操は終了した。

『皆さんおはようございます。それでは、今日の社長のご挨拶です』

 広場随所に設置されたスピーカーから、録音された女性の声が響く。

 その声に反応し、少しだけ高台になっている壇上に小さな鳥系亜人が登る。

『コケ』

 どことなく鶏に似ている鳥系亜人である社長はマイクテストのように一言呟いた後、ぺこりと礼をした。

『諸君おはようコケ。今日もお客様に快適な大空の旅を満喫して頂くように努力するコケよ』

 最初のこの一言を封切りに、お年寄り得意の長話が展開されていく。

 永遠とも思える十数分が経過した時には殆どの社員が心なしかぐったりとしているが、社長は満足気に「コケ」と頷いた。

『諸君。これにて今日の挨拶はおしまいだコケ。それでは、今日も一日よろしくお願いするコケ』

 その言葉を待っていましたとばかりに社員らは「よろしくお願いします」と返し、各々の持ち場に散っていった。

 今日一日ガイドの仕事が無いハヤブサは昨日帰りに寄った事務所で一日報告書や伝票の整理などに追われる予定だ。

 本社の事務所まで足を出しかけた時、不意に呼ばれた気配を感じ、振り向く。

「……タカ?」

 近づいてくる目的の人物に呼びかけると、すぐに返事は返ってきた。

「すみません、もう事務所へ行ってしまいそうだったので」

「わたし、今日は一日外に行かないから」

 外、と言うのはこの社内の用語でガイドの仕事のことを言う。

「それは良かった! ……あの、少し頼みがあるんですが」

 そこまで言いかけ、昨日のハトとの会話が蘇る。



――「……何か悩んでんのか、少年。この姐さんが聞いてあげようじゃないか」

 今までからかい半分だった目に一瞬にして、しっかりとした光が宿る。

 そんなハトを見て、タカは口を開いた。

「……実は、ハヤブサに嫌われているんじゃないか、と……」

 一呼吸置いて、言葉を継ぐ。

「たまに会ってもすぐにどこか逃げるように去って行ったり、ツアーが終わる時間帯にここで待っていても巧妙に逃げられたりするんです。話しかけても最低限の挨拶位しかしない日だってあります。今まではそうでもなかったんですが、ここ最近それが顕著に表れ始めて……」

 それなりに思いつめて発言した言葉。

 その言葉をハトは、

「はっ」

 と、蹴り返した。

「は、ハトさん! 僕だって悩んで……」

 驚きつつも焦るタカを半眼で見つつ大きくため息をつく。

「ったく! 何考えてんだよお前らは。あれだけ分かりやすくされてても分かんねぇってか?」

「?」

 ハトは手をひらひらさせながら小さく笑うが、タカには言っている意味が分からないとでも言うかのように首を傾げた。

「イヤだねぇこいつらは。二人揃って何にも分かってないよ。自覚症状がないのか?」

「ふたり……?」

 首を傾げるタカを横目に見つつ更に言葉を継いだところで、タカが何かに気付く。

「……ハトさん?」

「お前の表情って本当に面白いな。ころころころころ良く変わる」

 タカの顔をまじまじと眺めて満足そうに笑う。

「あの、ハトさん。ふたりって」

「あーもー。話は終わりだ。ハトさんは疲れてんだぞ。先輩を労え崇め奉れ、ヘタレメガネ」

 今まで全体重を預けていたベンチから立ち上がると大きく伸びをし、タカを見下ろす。

「だから! メガネは関係ないじゃないですか。いい加減その呼び方止めて下さいよ」

「いやだ」

「いやだ、って……」

 呆れたようにため息をつき、タカも立ち上がる。

「とにかく、お話聞いてくださってありがとうございました。人にお話できたので少し楽になりました」

 軽く礼をし、立ち去ろうとするが、

「甘ぇな」

 その一言で引き止められる。

 振り向き向かい合うと、ハトは続けた。

「甘ぇ。本当に甘ぇ。お前はそれでいいのか?」

 目の前で背の高い女性が腕組をして仁王立ちしている様は相当威圧感がある。

 その威圧感を全身で感じ、タカは言葉を絞り出した。

「……それでいいわけがないじゃないですか」

「言ったな」

 何とか届いた声を聞き、ハトはこれまでに無いくらい口の端を持ち上げる。

「? ハトさん?」

 タカの疑問の声を他所に胸のポケットからおもむろに手帳を取り出し、内容を確認し始めた。

「……ああ、丁度いい。おいメガネ」

「はい?」

「明日はお前とアタシのペアでガイドだったな」

「そうですが……」

 真正面から睨みつけ、思い切り指を差す。

「明日アタシは必ず体調を崩す。必ずだ!」

 手に持った手帳を元あったポケットへ仕舞い、一人宿舎の方へ歩き出す。しかし、タカを指差したまま。

「アタシはこれから体調を崩すから代役も探すこともできない。それがどういう事か分かるな?」

「…………」

 どんどん遠くなっていくハトの姿をタカはずっと目で追っていく。

 ハトはまだタカを指差しながら歩いていた。

 物陰に隠れる寸前、ハトは最後に叫ぶ。

「明日の客は人数が多いんだ。『必ず二人で』やれよ!」

 そう言い残し、ハトは宿舎へ向かう通路へ消える。

 誰もいなくなったベンチの近くでタカはハトの消えた方向へ深々と一礼した。――



 何かに反射した朝日が眼鏡越しに目を貫通し、眩しさで我に返る。

「……頼みって?」

 目の前にはハヤブサの姿。

 そう。

 これは紛れも無く現実。

 辺りを見回すが、やはりハトの姿は見えない。

――ありがとうございます、ハトさん。

 心の中でもう一度一礼してから口を開く。

「……今日は朝から外へ向かうのですが、急遽ペアのガイドが体調を崩してしまって……一緒に来て頂けませんか?」

 もう少し考えた言葉はなかったものか。

 言った瞬間タカは後悔したが、ハヤブサは何も気にしていない様子。

 ハヤブサは最初呆けた表情だったが、みるみる内に表情は笑顔に変わり、最後は一瞬だけ目を逸らし、

「うん!」

 ハヤブサはまっすぐタカを見つめて頷いた。





   *   *   *





 ようこそ、大空観光へ。

 我々空のガイドは今日もあなた様により良い空の旅をご提供致します。

 当ゴンドラの窓の外をご覧下さい。

 今日も澄みきった青空です。

 本日は一日快晴との予報でございます。

 ……申し遅れました。

 私、本日ガイドを務めさせて頂きますハヤブサと申します。

 こちらは同じくガイドのタカと申します。

 どうぞよろしくお願いいたします。



 この旅が皆様の良き思い出となります事を、心より祈っております。










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