素敵な俺様の素敵な素敵




 俺様はとても素敵だ。

 勿論、体つきや見た目は当たり前。

 頭も良いし、天は俺様に二物も三物も与えたんだな。

 おっと。

 俺様がこうして自分に浸っていると俺様の脇すれすれを人間共が通って行ったぞ。

 おい!

 ……ったく。俺様に詫びの一言も無しか!

 最近の人間共は嫌いだ。

 自分の事しか考えなくなったからな。

 昔は俺様を見て喜んでいた人間の子供もいたものだ。

 それがどういう訳だか……。

 いかんいかん。

 しんみりするのは俺様の性に合っていない。

 俺様は常に輝いていなければ。

 何故なら。

 俺様は素敵だからだ。

 さてと。今日の都会の様子は……と。

 ああ、自己紹介がまだだったな。

 俺様の名はカンランソウと言う。

 素敵だろう。

 昔、俺様を見た子供がまだ名も無かった俺様をこう呼んでいた。

 俺様はその名が一番好きだ。

 素敵だからな。

 他にも俺様を違う名で呼んだ輩もいたが、駄目だ。

 いかんせん、人間のセンスは悪すぎる。

 しかしながらあの子供は良いセンスをしている。

 あいつのそれはとても人間寄りではないな。むしろ俺様寄りだ。

 ん? 意味が分からない?

 ……ああ。

 そこのお前も人間なんだな。

 俺様のようになればこの名の素敵さ、センスの良さが体に染み渡るように実感できるだろう。

 まあ、それは置いておこう。

 自己紹介だったな。

 名は……言った。

 次は、出身地か?

 出身は例の子供の住む家だ。

 正確にはその家の裏庭だな。

 気が付いたら俺様という自分は素敵に完成していた。

 俺様の周りには俺様と同じ位素敵な仲間たちが幾つか。

 俺様たちは互いに自分の素敵という物を追求していた。

 そして、俺様たちは気が付いたんだ。

 究極の素敵という物を。

 ……また話が脱線したな。

 悪いな。久しぶりに人間に俺様の事を話す機会が出来たんだ。

 ちょっと位喋りすぎてもバチは当たらないだろう。

 と……。出身地、だったな?

 …………。

 そう。

 気が付いたら俺様はいたんだ。

 俺様はその家の子供に気に入られ、独り家の中へ招き入れられた。

 それからの生活は何不自由なく過ごす事ができた。

 生命活動に最低限必要な水、栄養、全て与えられた。

 外に残った者達がどうなったのかは分からなかったが……。

 俺様は幸せだったんだ。

 あの出来事が起こるまでは。

 ……しんみりした話は好きではないが、これ位ならいいだろう。

 話を切り上げて昔話でもしよう。

 何、短い昔話だ。

 俺様は家に招き入れられた後、例の子供の部屋の洋服ダンスの上に飾られた。

 素敵な俺様を飾るなど何事かと憤った事もあったが、あの時の俺様はまだ若い。

 俺様程素敵になると人間も高い場所に置き、崇め奉る事しかできなかったのだろう。

 とにかく、最高の場所に置かれ、俺様は満足していた。

 その日も俺様は暖かい日差しを浴び、のんびりとしていた。

 ふと物音がして、音源を見るとそこには例の子供の姿。

 何やら俺様の所へ来ようとしているみたいだ。

 おいおい、俺様の場所を冒すとどうなるか分かっているだろうな。

 ん、おかしいぞ。

 毎日同じ景色だった周りがすごい速さで動いているではないか。

 いや違う。

 俺様が動かされているんだ。

 おい子供!

 やめろ、手を離せ!

 ふ、振り回すな!

 何故か……周りが……。

 と、その時の俺様の記憶はここまでだ。

 そして、気が付くと、目の前に自分の姿。

 やはり俺様素敵だ。

 ……ん?

 おかしい。

 前に感じた景色に俺様は映っていなかったし、足元の感触も違う。

「柑蘭草が!」

 子供の声。

 いつもより近く感じる。

 こんなに近くにいるのか、思った瞬間、俺様は驚いた。

「どうしたの、それ!?」

 今度は子供の母親の声だ。

 俺様はあまりの衝撃に何も考えられなくなった。

 そう。

 俺様は子供の頭に乗っていたのだ。

 それも、ただ乗っているわけではない。

 生えているのだ。

 柑蘭草。

 その名の通り、俺は草だ。

 草と言う名は素敵ではない。

 花だ。

 花。

 素敵に咲き誇っている万年花だ。

 俺様が俺様である限り、俺様は枯れない。

 そして、その誇り高く素敵な俺様は人間の頭のてっぺんで素敵に咲き誇っている。

 ああ。

 これはこれで素敵だと、俺様は独りごちた。

 しかし、人間の親子はどうにも俺様が子供の頭上を占領しているのは気に食わないらしく、俺様を引き抜こうとしたり、子供の髪の毛を掻き分けたりしている。

 そんな事をしても無駄だ。

 だから人間というものは……。

 駄目だ駄目だ。

 こういう思考はいけない。

 しんみりするのは素敵ではない。

 俺様は葉を揺らし、花弁を震わせ、自分を素敵に見せた。

 その俺様の行動が子供の母親の逆鱗に触れたようだ。

 一旦俺様たちの前から姿を消すと、小さな剪定ばさみをどこからか持ち出し、俺様を切りに掛かる。

 おい、やめろ!

 何をする!

 まさか……。

 嫌な想像が浮かび上がると同時に母親は叫んだ。

「気持ち悪いのよ、この植物!!」







!!!!!







 それからの素敵な俺様の記憶は無い。

 俺様に分かるのは何らかの原因で人間の頭に生えてしまった俺様は素敵に生きる事もできず、あんな辛辣な言葉を浴びせられてしまったという事だけだ。

 ああ俺様。

 なんたる事だ。

 しかし、案ずる事無かれ。

 俺様はふたたび何らかの理由で生き延びている。

 そして今は素敵な自由を満喫している。

 ごく稀にお前のような物好きに話をしてやる位の自由だ。

 他はあまり自由ではない。

 人間に何度も踏まれかけ、一度は葉を思い切り踏まれたこともあった。

 車という人間の乗り物から出る排気ガス、というのか? それも俺様を毎日仰け反らせる。

 しかしながら、俺様は素敵だ。

 いつか俺様は旅に出る。

 さらに素敵になる為に。

 よし、そうしよう。

 意気込んでいた俺様に影が掛かった。

 誰だ、俺様の素敵な光合成を邪魔する奴は。

「柑蘭草?」

 振り向くと例の子供が屈み込んで俺様を見ている。

 ああ、もう子供ではないな。

 見た目はもうしっかりとした人間の大人の顔だ。

 人間の服装にあまり興味は無いが、あれはスーツと呼ばれる着物だったと思う。

 それを身に纏い、俺様を見ている。

「やっぱり柑蘭草なのかな? なんとなく昔俺に生えて来た奴に似てるんだけどな」

 おい、くすぐったいだろ!

 花を触るな!

「やっぱり似てる。ねえ、柑蘭草? 今度の休みの日に植木鉢持ってくるよ。その時に一緒に帰ろう」

 例の子供は言い残し、行ってしまった。

 帰る、だと?

 俺様が?

 素敵な俺様にあんな言葉を掛けた人間の住まう家にもう一度帰れと?

 それはいただけないな。

 …………。



 …………。



 しかし。

 この感情は何だ。

 この感情は素敵なのか……?

 まあ、いいだろう。

 素敵な俺様、素敵を追い求めてたまには違う素敵を体感するのも悪くない。

 帰る家があるのはとても素敵ではないか。

 そうだ。

 俺様は素敵なのだ。

 俺様が一番素敵なのだ。














―了―
あとがき